5月の爽やかな晴れの今日、友人と一緒に奈良を満喫してきました。
(素敵な時間をありがとう!!)
興福寺、県立美術館、そして 東大寺ミュージアムと、盛り沢山の行程。
いろんな文化にどっぷりつかった一日。
奈良に住み始めて以来、神社仏閣めぐりが趣味となってしまい、
さらには、英語観光ガイド講座で興味が倍増してしまった私なので、
特に今回の 興福寺 北円堂 と 南円堂 の秘仏公開は見逃せないものでして…。
普段は閉ざされた扉の外から手を合わせるだけのところを
中に足を踏み入れる!というだけでワクワクしていました。
駅前で、たまたま観光ガイドの友人をみつけて、アドバイスをいただけてラッキー!
(営業妨害だったかな?! 後でお客さんはみつかったのでしょうか???)
友人おススメの四天王もしっかり観察してきました。
個人的には南円堂の不空羂索(ふくうけんさく)観音坐像を見れて嬉しかったです~。
羂索とは縄の事。人々をこれで救ってくれるらしいです。
仏像の金箔も結構残っているし、これで四天王もカラフルだったのかと思うと、
その当時を想像するとまさに極楽をイメージするものだったのでしょうね。
運慶の指導の元で作られたという北インドの兄弟僧侶、無著(むちゃく)と世親(せしん)菩薩像は
顔がインド人というより日本人に近くて、
後で調べたら、運慶は西行(さいぎょう)をモデルにしたという説もあるそうです。
四天王は日本では東西南北を守る神様で、もともとはインド、ヒンドゥー教の由来の神様。
不空羂索観音の持ち物もヒンドゥー教由来がいろいろあるとか。
やはり仏教はインドから中国、韓国を経て日本へ来たんですね!
マレーシアにあったインド系の人たちのお寺の仏像は現在でもカラフルで、
日本のものとは全然雰囲気は違うけれど、
その宗教の教えや仏像の意味なんかは理解できる事があって、
やっぱりつながっていると感じた覚えがあります。
<写真(中央):マレーシアのインド寺院より>
興福寺の伽藍の中核となる中金堂は再建中ですが、
その柱はもう日本には樹齢数百年といった適する木材が無く、
アフリカ西岸の赤道に近い国、カメルーンのケヤキ、
柱の横に渡す木材はカナダ産ヒノキを使うらしいです。
薬師寺の再建には台湾産の木材が使われました。
古代から海外からの文化を受けとり、
そして
今や世界の木で日本の寺院を再建する…。
果たして日本は何を世界にお返しできるのでしょうか…?
境内の新緑は青々として、
鹿の角はやわらかな産毛がかかってて、
修学旅行や遠足の子供達もにぎやかで―
あちこちに若い命が溢れています。
奈良を訪れる人が、お寺や仏像、木々の緑とそこにいる人との時間で癒され、
その事が周りの人を癒していく。
何度も戦火や災害で焼けてきた奈良のお寺や町ですが、
今につなげた人達の心は
確かにそこにありました。
運慶と弟子たちが見つめていたものは色あせないで
日本人ができること、次の世代に残すもの…、
今私たちに問われています。